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    「え?いや、居ましたよ、居ましたけど、別に――」

    と、横合から老父の道平が房一に寄り添つて来た。

    練吉は眠気から覚めたやうに、

    「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」

    「よし。――さうしとかう」

    と後を追ふと、徳次は

    「どこの帰りかね」

    房一はその黒い顔に微笑をうかべながら今泉を見た。

    土手に立つている男は房一には見覚えのない男だつた。神原喜作だと聞いてもすぐには誰だか判らなかつたが、やがて、それが彼の借家している鍵屋の分家の当主で、ふだんはどこかの農学校の教師をしていてめつたに帰つたことのないといふ、あの喜作だと思ひあたつた。それにしても、どうしてこんな所へひよつこり姿を現したものだらうか、冬休ででも帰つて来たのだらうか。――

    その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。

    「やあ。先日はどうも」

    宿の者はこういっただけで、その以上の説明を加えなかった。伊助の報告もそれで終った。

    思はず口に出かゝつたが、慌ててのみこんだ。彼の頭には今やすべてが明かになつた。土工仲間の刃傷沙汰だつた。その息づまるやうな情景が頭に閃ひらめいた。

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